食物繊維は体内で消化されずに排泄[はいせつ]されるだけなので、かつては「役に立たない不要な部分」、「食べ物のかす」と思われていました。日本人が昔から主食にしてきたコメの栄養価を100グラム当たりで玄米と精白米で比較すると、玄米のほうがさまざまな栄養素が多く含まれているにもかかわらず未消化物の“かす”が多いために現代の私たちの主食は白米が主流になっているのです。
しかし現在は「第6の栄養素」として脚光を浴びています。多くの人が「食物繊維は体に良いらしい。たくさん摂取すべきだ」と思っています。実際のところ、どんな効用が期待できるのでしょうか。今回は食物繊維に着目してみましょう。
執筆者略歴
たかはし・とうせい 東京農業大農学部栄養学科卒。東京女子医科大大学院修了。特定給食施設の現場で管理栄養士業務を経験した後、国立がんセンター研究所、東京農業大短期大学部講師を経て聖徳大准教授。2008年から現職。専門は公衆栄養学。医学博士。
目標値は男性20グラム、女性18グラム以上
心筋梗塞は高血圧症や脂質異常症などの生活習慣病と関わりが深い病気の一つです。「食物繊維の摂取と心筋梗塞の関連」をテーマに欧米諸国で行われた複数の研究結果を再解析した調査では、1日24グラム以上の摂取で心筋梗塞による死亡率が低下し、12グラム未満で上昇が見られました(研究の一部には菜食主義者の集団も含まれています)。
しかし最近発表された統計解析では、食物繊維の摂取が少ないほど心筋梗塞のリスク(発症率または死亡率)が高まるとした一方、具体的な数値までは明示できませんでした。
これらの研究結果を参考に、米国とカナダは食事摂取基準の目安量を14グラム/1000キロカロリー としています。最も大きな予防効果が観察されたグループの摂取量から算出した値です。例えば1800キロカロリーの食事で食物繊維の目標摂取量は25・2グラムです。
日本は食物繊維の摂取不足が生活習慣病の発症に関連するという報告が多いことから、健康増進法に基づいて食物繊維の食事摂取基準を性別と年齢に分けて定めています。現在使われているのは2015年度版で、成人男性の目標値は1日20グラム以上、女性は18グラム以上です。
ただし、目標値そのものがもつ意義はそれほど大きくないと考えます。「極端でない範囲で、できるだけ多めに摂取することが望ましい」と理解すべきでしょう。たとえ食物繊維を過剰摂取しても生活習慣病のリスクが高くなる、という報告も今のところありません。
生活習慣病の予防に効果
喫煙者の食物繊維摂取量と生活習慣病との関連を調べる研究も数多く行われています。心筋梗塞など循環器疾患の発症と死亡、脳卒中の発症、糖尿病の発症、乳がん・胃がんの発症などはいずれも負の関連がある、つまり食物繊維を多く摂取することで、病気の発症予防などの効果があるという調査結果が出ています。
糖尿病で注目すべきデータがあるので紹介します。同じ食物繊維でも、穀物、果実、野菜など食品の摂取方法によっては結果が異なってしまうかもしれない、という報告です。
ほかにも、血圧や悪玉(LDL)コレステロールの値、肥満との関連を示した疫学研究も多数存在しています。
一方、がん(特に大腸がん)との関連についての研究結果は、必ずしも結果が一致していません。理由の一つは、一緒に摂取した赤身肉や牛乳、葉酸、アルコールの影響を考慮すると有効性は確認されない、という報告が含まれているためと考察されます。
このように、食物繊維摂取量と生活習慣病との関連を検討した疫学研究は数多く存在します。しかしながら、それらの関連を量的に(量・反応関係を)示した研究はそれほど多くありません。
不溶性が豊富な低GI食
便秘との関連を調べた介入研究(栄養指導などで生活状態を変化させて、その効果を調査する研究)では、1日20グラムの摂取で①便の重量が増加し、良好な排便が期待できる②重量の増加は認められるが便秘が改善するとは結論付けられない─、という二つの報告があります。食物繊維にはゴボウやラッキョウなどに多く含まれる水溶性と、こんにゃくやモロヘイヤに多い不溶性があります。ここで効果が認められたのは水溶性限定です。
低インスリンダイエットや糖尿病の食事療法で注目を集めた低グリセミック・インデックス食(低GI食)についても触れておきましょう。食後血糖値の上昇度を示すGI値が低い食事は、総じて食物繊維(特に不溶性食物繊維)が豊富であると考えられています。また、悪玉コレステロール値の低下作用も低GI食で観察されていることから、水溶性・不溶性を問わず食物繊維を摂取することは好ましいといえます。
どうですか? 「食物繊維をたくさん取ると、いろいろな病気の予防になるかもしれない。けれど、どうやら現状では足りていないようだ。もっと積極的に取ったほうが良いらしい」と感じていただけたら幸いです。