県内外で人気を集める館林の洋菓子店ル・コントントモン。オーナーパティシエールを務める帯津美砂紀さんは1児の母としても多忙な日々を送っている。心身のバランスを崩してしまった厳しい修業時代の体験から、食と生活習慣の大切さを実感。旬の食材や自家製の調味料を使った食事で自然の生命力を取り入れている。
普段は節制して
ハレの食事
ぜいたくに
「お菓子の変化に合わせる」
─磨き上げられた銅鍋の中でなめらかに仕上げられるカスタードクリーム。少しでも手を休めると焦げ付いて台無しになってしまうので、力を込めて手早く混ぜる。華やかなイメージがある洋菓子職人(パティシエ)だが、素材の状態を見極める集中力と体力が必要だ。
お菓子作りには物理的な変化と化学的な変化があるので、自分のペースで作ることは不可能。例えばタンパク質なら凝固する65度に達するまでにやらなければならないことがある。変化に合わせなければならない。緊張して交感神経が働くと、トイレに行くことも空腹も忘れて仕事に集中してしまう。こうした無理が体にダメージを与える。
─大学卒業後、都内や岐阜の名店などで働き、フランスに留学した。朝早くから深夜まで続く激務。修業当初、好きなお菓子作りができず洗い物などをする下働きが続いた。昔ながらの徒弟制度が支配する厳しい厨房、十分に時間が取れずおろそかになった食生活、少ない睡眠時間が体と心の健康を奪った。
美砂紀さん母が手の込んだ料理を作っていたので、加工食品が好きではなかったが、夜はほとんどレトルトカレーの日々。きちんと食事ができずにビタミンもミネラルも不足していた。1年目で自律神経失調症と軽いうつ病にかかってしまった。
「心と体はつながってる」
─めまいや抑うつ状態を治すため20代半ばで一度、故郷の館林で半年間休養した。規則正しい生活と栄養バランスの整った食事、家事による適度な運動。人間らしい生活が、疲れ切った体と心を癒やしていった。
「仕事は見て覚えろ」といった昔ながらのシェフの下で育った最後の世代。パティシエの世界はタフでなければ生き残れない。ただ薬に頼るのではなく、病の原因を見つけて根本から治したかった。心と体はつながっている。整体に通ったり、散歩したりしたほか、夜更かしもやめた。食から得られる効果はとても大きい。食卓での会話はくつろぎを与える。病気の後、自分の体があまり強くないことを自覚した。しっかりケアして上手に付き合っている。
「生命をいただく」
─大学やマクロビオティックの講演などで学んだことをお菓子作りや日々の食生活に取り入れている。旬の食材を選び、ショートニングや添加物を使わないように心掛けている。
栄養素がより多くなる旬の食材を採るようにしている。また、ビタミンCの吸収には鉄分が必要なように、他の栄養素とのバランスを考えなければ意味がない。野菜の皮も種も一緒に食べる「一物全体食」という考えがある。大学の実技でニンジンの栄養素を部分ごとに調べたことがあった。芯に近い部分、外側の部分、皮の部分に分けてみると、皮の部分が一番栄養素が多かった。皮は紫外線や外敵からからだを守る生命力が強い部分なのだろう。食べ物で体はつくられている。大切な栄養素も一緒に排出してしまうので化学物質といった余計なものを入れないことも大切だ。
─手作りのみそや梅干しのほかに、2年ほど前から作り始めたこうじ調味料を使った料理が食卓に並ぶ。食物アレルギーで学校給食が食べられない長男の史嵩くんのために作る弁当にも健康への思いが込められている。
自分で作ったこうじ調味料を料理に使っている。すりおろしたタマネギやニンジンを混ぜてドレッシングにしたり、鶏肉を漬け込んで焼いたりしている。お弁当はよくかんで食べてもらいたいので、あえて野菜を大きく切っている。喜んで食べてくれるのがうれしい。感想を聞いたりするのが親子のいい時間となっている。食べ物をハレ(非日常)とケ(日常)に分けて考えている。ケーキやフルコースといった特別な日に食べるハレの食べ物を思う存分食べられるよう普段の食べものを節制する。バランスを考えて食べるのが重要だ。健康は幸せに生きるための土台。健康でなければ、おいしいものも食べられない。