9ヘクタールを作付け
露地栽培貫く
赤城山北麓のなだらかな傾斜地に続くほうれん草畑。遮るものがなく、180度のパノラマが眼下に広がる。遠く冠雪した上越国境の山々が、寒々と横たわる。
「眺めは素晴らしいのですが、冬の作業は正直つらいです」。臼木さんの吐く息がうっすらと白い。露地栽培の収穫が大詰めを迎え、両親や中国からの実習生5人とともに連日、早朝から作業に当たっている。
右手に鎌を持ち、左手でほうれん草の茎の部分をつかみ、根元から1株ずつ丁寧に切り取り、コンテナに入れていく。根から薬先まで25~28センチが理想的な長さ。「夏場に比べて成長は遅いですね」と臼木さん。それでも収穫量は、多い時で1日800キロにもなるという。
3代目として後継<
畑は戦後の開拓地で、祖父が森や野原を切り開いて作った汗の結晶である。高校を卒業後、村役場に就職した臼木さんは、農業を継ぐ気はあまりなかった。しかし、祖父から受け継いだ畑で懸命に野菜を作る両親の背中を見て、次第に気持ちが変わっていった。
25歳を過ぎたころ、「長男である自分が継がなかったら、きれいに整備された畑地を生かすことができず、祖父や父の努力を無にすることになってしまう」と考え、3代目として継ぐ決心をしたという。
昼と夜の寒暖の差が大きい昭和村は、霧が発生しやすく野菜の栽培に適している。「野菜王国」といわれるゆえんである。中でもほうれん草は、1年を通じて計画的に作付けできることから、かんがい施設の整備によって急速に栽培が普及し、今では野菜の作付面積の半分以上を占めるようになった。
高品質のもの食卓に
臼木さんは露地栽培を踏襲し、作付面積は年間9ヘクタールに上る。2月から種まきを開始し、1月初旬の最後の収穫まで、場所をかえ種まきと収穫を繰り返す。この間、連作障害の防止にトウモロコシと白小豆を栽培している。
「この辺りは水はけの良い火山灰土質なので、ほうれん草に合っています」と臼木さん。ただし傾斜地のため、雨が多い季節は土嬢が流され、種まきができなかったり、発芽しても育たなかったりと、悩みは尽きない。べと病によって広範囲の畑で収穫できなくなることもあった。「高品質のものを食卓に届けるためには、気を抜けません」
収穫後は、自宅に隣接の作業所で袋詰めして、主に首都圏の大手スーパーに出荷している。「冬が近づくと甘味が増して、一段とおいしくなります」と臼木さん。お浸しのようなシンプルな食べ方が一番好きだという。