シリーズ からだ元気

よく噛んで食べることは、単にからだに食べものを取り入れるだけでなく、全身の健康を維持増進するうえでたいへん重要な役目を担っています。今から1800年ほど前、邪馬台国の女王卑弥呼の時代は、噛む回数が現代人の6倍ほど多く、しっかりよく噛んで食べていたと推定されています。このことにちなんで、よく噛むことの8大効用について、学校食事研究会が「ひみこのはがいーぜ(卑弥呼の歯がいーぜ)」というわかりやすい標語を作りました。


執筆者略歴 たかせ・ひろし
日本歯科大学新潟生命歯学部卒。日本歯科大学大学院修了。日本歯科大学新潟生命歯学部非常勤講師。高崎市歯科医師会常務理事を経て2015年から現職。


元気な暮らしに役立つ噛むことの効用のお話…高瀬裕志 群馬県歯科医師会常務理事 よく噛む8大効果 「ひみこのはがいーぜ」

…肥満防止

よく噛まないと食事が早くなり、満腹感を得るまでに食べ過ぎてしまいます。よく噛んで食ベると脳にある満腹中枢が十分に機能して、食ベ過ぎることなく食べ物を摂取した充実感を味わえるので肥満を防止することができます。

…味覚の発達

よく噛むと食べ物の形や固さを感じられ、食ベ物そのものの味が分かるようになり、子どもたちの味覚の発達につながります。

…言葉の発達

よく噛んでいると、口の周りの筋肉を使うので、顎がすこやかに発達して噛み合わせが良くなり、表情も豊かになります。そのため、きれいで正しい発音ができるようになるといわれています。

…脳の発達

よく噛んで、顎を開けたり閉じたりすることで、脳に流れる血液の量が増えるので、酸素と栄養が十分に届いて脳細胞の動きが活発になります。子どもの知育を助け、高齢者の認知症予防にも効果があります。噛む力の強い幼児は知能テストの点数が高いという興味あるデータも示されています。

…歯の病気予防

よく噛むと顎がよく発達して歯がきれいに生えるので歯磨きがしやすくなります。また唾液もたくさん出てくるようになります。唾液には口の中に溜まった食べ物のカスや細菌を洗い流してきれいにする作用があるので、むし歯や歯周病の予防にもなります。

…がん予防

睡液には、食品に含まれる発がん物質の発がん作用を消す働きがあるといわれています。よく噛むと呼液がよく出て食物と混ざり、がん予防にも役立ちます。

…胃腸が快調

よく噛むことで消化酵素の分泌を促します。胃腸の働きが活発になり消化吸収がよくなります。「歯丈夫、胃丈夫、大丈夫」。

…全身の体力向上と全力投球

歯並びと運動能力には関係があることが分かっています。ここぞ!という時に、ぐっと力を入れて噛めればより一層のパワーを発揮できます。丈夫な歯があれば仕事にも遊びにも全力投球できます。

このように、よく噛むことには大そうな効用があります。昔から「一口30回噛む」といわれているように、よく噛むことで食べ物と呼液がうまい具合に混ざり合い飲み込みやすくなります。

唾液に含まれるペルオキシターゼという酵素には、発がん物質の発がん作用を消す働きがあります。この毒消し効果には30秒ほどかかるという研究結果が出ています。30回ほど噛むと食べ物が程よく飲み込みやすい形状になるとされる海外の研究もあります。「一口30回」は、世界中に通じる数字かもしれません。しかしながら、むし歯や歯周病など口の中に病気があると、食べ物がうまく噛めないとか飲み込みがスムースにいかないといった不快感のみではなく、病気の原因となり、病状を悪化させるリスクも高まります。

また、口の中の粘膜には、しばしば内科疾患に伴う症状が現れることも知られています。「口は全身の鏡」といわれるゆえんです。歯と口の健康を守るために、いつでも気軽に相談できる歯医者さんを見つけておくと安心です。そのためにも定期的な歯科健診を受けるなどして、かかりつけ歯科医をつくっておくことをお勧めします。

しっかり噛んで健康長寿

日本人の平均寿命は、世界ベスト3に入る高水準(女性86.83歳、男性80.50歳)ですが、健康寿命となると、男性では約9年、女性では約13年も短くなってしまいます。健康寿命とは、健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間と定義されています。近年、しっかり噛んで食べることは健康長寿とも関連が深いことが分かってきています。

65歳以上の年配者調査から、歯を失っても入れ歯を使用していない人は、歯が20歯以上残っていたり、歯がほとんどなくても入れ歯により噛み合わせが回復している人と比べると、認知症の発症リスクが最大1.9倍になるということが明らかになっています。歯が19歯以下の人は、20歯以上の人と比較して要介護認定を受けるリスクが1.2倍になることも指摘されています。また、歯が19歯以下で入れ歯を使用していない人は、20歯以上保有している人と比較し、転倒するリスクが2.5倍になることも報告されています。

日本歯科医師会では平成元年から厚生省(当時)と共同して「8020(ハチマルニイマル)運動(80歳になっても20本以上自分の歯を保とう)」を展開してきました。当時は80歳で20本以上歯を保有している人の割合は7%程度でした。同会は、8020達成者率が50%を超える状況を「8020健康長寿社会」と位置付け、その実現を目指してきましたが、それから28年を経て、ついにその目標が達成されました(平成28年歯科疾患実態調査、8020達成者率51.2%)。今後は、「8020運動」に「オーラルフレイル(歯と口の機能の虚弱)」という新たな考え方を加えて、健康長寿をサポートしていく目標を掲げています。歯が多く残っていることや、すでに喪失していても入れ歯などで口腔機能を維持することは要介護になりやすい疾患を予防し、健康寿命を延ばすための秘談といえるのではないでしようか。

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