先天性の障害や事故、病気などによって体の一部を失うことで、けがや病気から回復した後も喪失感に加えて、心の傷に悩まされることも少なくない。田村雅美さんは失った体の一部を再現するエピテーゼ(人工ボディー)を広めようと昨年、古里の甘楽町で工房を開いた。本来の自分を取り戻して、前向きに生きようとする人たちを支えている。
人工ボディーで
心の傷癒す
見えない部分も大切に
─田村さんのエピテーゼは安全性の高いプラチナシリコーンなど人体に無害な素材を使って、全てオーダーメードで製作する。依頼者と面談を重ねて色味や形、ほくろの位置などを決め、失われた部分を再現。特殊な接着剤を使って人体に貼り付けるので、手術の必要もなく、着用したまま入浴もできる。乳房の大きな人が片側を乳がんで失った場合は、バランス感覚の変化を感じることもあるので、見た目だけではなく重さにも注意を払っている。
生活スタイルや肌質などを聞いて、最適に使えるようにアフターケアまでアドバイスするので、完成までに5回ほどの面談が必要になります。失った体の部位が顔や手、指など目立つ場合は心無い言葉を浴びせられたり、視線を集めることもあります。服などで隠せる部位であっても気になって薄着になれないなど、生活上の不便を感じることも少なくありません。乳房や性同一性障害の人から要望がある男性器は心の内面にも大きく関わる体の一部です。エピテーゼで補うことで「心が落ち着く」という人もいます。「見えない部分だからこそ大切」なことがあるのだと思います。
─エピテーゼとの出合いは、米国の歯科技工所で働いていた時だった。研修でカリフォルニア大ロサンゼルス校(UCLA)のメディカル・センターを見学した際、イラク戦争で傷ついた兵士が、エピテーゼで本来の姿を取り戻し、明るくなっていく様子に心を打たれた。
戦争により顔の左半分を失った元兵士がエピテーゼによって笑顔を取り戻していく姿に衝撃を受けました。突然の事故や病気によって体の一部を失うことで、「人に会いたくない」という気持ちが芽生えたり、心に葛藤を抱える人もいます。乳がんによって胸を失った友人が「温泉にも行けない。大切なものを奪われてしまった」と落ち込んだ時に助けになれず、ふがいなさを感じたこともありました。悩みを抱える人の心を技術で支えることができるのだと知り、エピテーゼの技術を学びました。
乗馬で不安解消
─つらい思いをしている人の助けになりたいと、帰国後に歯科医院で働きながら、エピテーゼの製作技術を学んだ。古里の甘楽町に戻り、商工会の創業塾に通って起業準備を進めた。夢に向かって多忙な日々を過ごす中、心の支えとなったのは愛馬だった。
一度きりの人生なので、思い切って新たな世界に挑戦しました。乗馬を始めたのは30歳の時でした。吉岡町の乗馬クラブに通っていますが、時には海外でも乗馬を楽しんでいます。自然の中を走り回れば、不安やストレスから解放されます。馬は人の感情が理解できるようで、つらい時には寄り添ってくれる動物です。馬にも相性があるようです。もう死んでしまいましたが、同じ誕生日だった「Mrゼベット号」は相性の合うお気に入りの一頭でした。
選択肢の一つに
─エピテーゼの普及が今の課題。素材となるシリコーンの質感を実際に触れて確かめてもらおうと、県内の商業施設などで展示会を開いている。シリコーンから作ったカイコのフィギュア「シルP」を開発して、富岡市内を中心に販売して県内外の観光客にアピールしている。将来的には、エピテーゼを日常生活の中で試せるようにレンタルサービスの展開を考えている。
失われた体の一部は再建手術によって取り戻すこともできますが、自分の別の部位から組織を移植することに抵抗を感じる人や体力的な心配をする人もいます。体にメスを入れることのないエピテーゼが、患者さんに選択肢の一つとして受け入れられるように広めていきたいと思います。
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エピテみやび(甘楽町善慶寺873-8)
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